高松高等裁判所 昭和47年(ラ)15号 決定 1972年6月14日
抗告人 田村多賀王
右代理人弁護士 林伸豪
相手方 協栄生命保険株式会社
右代表者代表取締役 亀徳正之
右代理人弁護士 関口保二
同 関口保太郎
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
抗告人は、「原決定を取消す。相手方の移送の申立を却下する。」との裁判を求め、その抗告理由は別紙に記載のとおりである。
よって判断する。
一、抗告理由第一点(義務履行地の裁判籍)について
抗告人(原告)は、保険金支払義務の履行地については、当該保険契約を取扱った支社とする取引慣習があるから、本件保険金請求事件については、民訴法五条により被告会社(相手方)の徳島支社所在地を管轄する原裁判所に管轄権があると主張するが、抗告人主張のような取引慣習があると認めることはできない。なるほど、≪証拠省略≫によれば、保険金の支払が事実上支社、出張所などを通じて行なわれることが多いことは一応窺えるけれども、単に右のような事実をもって、直ちに抗告人主張のような取引慣習があるということはできず、かえって、≪証拠省略≫によれば保険金支払場所を被告会社本店または被告会社の指定する場所とする旨の特約がなされていることが認められるのであるから、被告会社の保険金の支払が事実上支社を通じて行なわれることが多いとしても、支社を保険金支払義務の履行地とする取引慣習があるものとは到底認められない。したがって、本件保険金支払義務の履行地による裁判籍は、抗告人と被告会社間の特約による履行地と認められる被告会社本店所在地(東京都)を管轄する地方裁判所にあるというべきであり、この点に関する抗告人の主張は理由がない。
二、抗告理由第二、第三点(事務所、営業所々在地の裁判籍)について
抗告人は、被告会社では、支社は「保険契約の募集およびそれに関する金銭の収受」をなす権限を有しているのみならず、支社所属の社員が保険料を集金していると、保険料の支払いが多くの場合支社を通じてなされていること、本件保険金の支払いに関しては徳島支社長名義で実質的判断を含む処理がなされていることのほか、支社という名称など部外者からみて独立して保険契約に関する業務をなしうると解されるような外観を備えているのであるから、支社は保険契約に関する業務(少なくともその一部)について民訴法九条にいう事務所または営業所というべきであり、本件保険金請求の訴は、保険契約業務に関する訴ということができるから、本件保険金請求事件については、原裁判所に裁判籍がある、と主張する。しかしながら、同法九条にいう事務所または営業所とは、業務の全部または一部について独立して統括経営されている場所であることを要するものであり、単に業務の末端あるいは現業が行われているにすぎない場合は、仮りに独立して業務を行ないうるような外観を備えているからといって直ちに同条にいう事務所または営業所ということはできないと解されるところ、≪証拠省略≫によれば、被告会社支社には保険契約の締結、保険料の収受、保険金の支払などを独立してなす権限はないものと認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はないから、抗告人主張の諸事実を考慮にいれても、被告会社徳島支社を目していまだ保険契約に関する業務を独立して統括経営している場所ということはできず、したがって、右業務についての同条にいう事務所または営業所にあたるということもできない。よって、この点に関する主張も理由がない。
三、その他記録を精査しても、本件保険金請求事件の管轄権は原裁判所にはなく、東京地方裁判所にあるものと認められるので、本件保険金請求事件を東京地方裁判所に移送することとした原決定には何らの違法もないから、本件抗告は理由がない。
よって、民訴法四一四条、三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 加藤龍雄 裁判官 後藤勇 小田原 満知子)
<以下省略>